平成28年佐倉の秋祭りが開催:3日間城下町を山車・御神酒所・御輿が練り歩く

10月14日(金)~16日(日)で佐倉の秋祭りがあります。佐倉の秋祭りは、鍵の手のような城下町を3日間、山車・御神酒所・御輿が盛大に練り歩きます。

佐倉は城下町で、今も歴史を感じる町並みが残っています。

老中、土井利勝が徳川家康の命により、慶長十五(1610)年佐倉に配され、翌慶長十六(1611)年から7年間をかけて佐倉城を築城し、その周辺に城下町が形成されました。以来、佐倉城は江戸防衛の東の要衝及び西方面より西国大名に江戸が攻撃された際の将軍家の退避処として徳川譜代有力大名たちが封ぜられ、幕府の老中職についた大名が徳川各藩中最多を数えたことから、俗に『老中の城』とも呼ばれ、それとともに城下町も栄えました。※佐倉市役所:城下町のなりたち

佐倉の秋祭りで使われる神社大神輿は、江戸時代中期、享保6年に江戸から職人を10人程呼び、8ヶ月の月日と約360両という大金を掛けて製作された豪華な大神輿とのこと。台輪巾5尺(約1メートル51センチ)の大神輿は千葉県内最大級だそう。

佐倉の秋祭りは古くから「麻賀多神社祭禮」が母体であり、五穀豊穣に感謝する秋祭りだったそう。

江戸時代に土井利勝が佐倉城を築くと、佐倉城大手門のすぐ近くにある麻賀多神社は佐倉藩の総鎮守となり、その神社の祭禮は歴代藩主の加護の下に発展しました。現在の社殿は天保14年に藩主堀田正睦(正篤)公の重建。老中在任中の内憂外患に立ち向かうべく一念発願されたものです。 江戸時代中期頃の文献「古今佐倉真佐子」によると、今から約年前には宮神輿の渡御の他に、「附け祭り」が行われており、多くの人々で大変賑わいました。明治時代前期になると、新町六町と弥勒町が江戸(東京府)日本橋方面から7体の人形山車を買い付け、宮神輿の渡御とあわせ、その祭禮の華やかさは「佐倉新町江戸勝り」という言葉で表された程です。その後、大正・昭和にかけて、各氏子町内も「御神酒所(おみきしょ)」と呼ばれる踊り屋台を拵え現在の祭禮の形となりました。平成5年には「佐倉の秋祭り実行委員会」が発足され「佐倉市の伝統文化の継承と発展を願うとともに、住民の交流を深め、佐倉市民の心のふるさとづくり」をテーマに活動を続け、現在は麻賀多神社以外に愛宕神社、神明神社、八幡神社の氏子町が加わり、4社合同祭の形で、10月第二の金・土・日曜日に盛大に行っております。※佐倉の秋祭りについて

お祭りの見どころでもある山車は公式HPでも見ることができます。
sakura-akimatsuri

佐倉の秋祭りは、江戸から引き継いだ文化とともに、佐倉にしかない祭礼文化が息づいているとのこと。ぜひ佐倉の秋祭りで土日を過ごしてみてはいかがでしょうか。

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